雨の日の宿で(その2)
こじんまりとしているが薄暗い店内に青いライトが光る洒落たバー。
奥の小さなカップル席に並んで座り、乾杯をしてから一時間半後、ティファはウトウトしていた。
「おい、ティファ。眠いなら、もう帰るか?」
「ううん…まだ」
5杯目のカクテルに口をつけるティファ。
マリンブルーのそれを美味しそうに飲むと、目を閉じたままユラユラしている。
ん?眠いというより、酔ってる?
「ティファ?」
「なぁに?」
「酔ってるのか?」
「酔ってないよ」
ゆっくり瞳を開けると、トロンとこちらを見つめる。
ドキン。
いつもより色っぽい視線に、思わず目を背けた。
「…酔ってそうだぞ」
「ねぇ、クラウド」
潤んだ瞳で覗き込まれ、ドギマギする。
「な、なんだ…?」
「クラウドって…今まで付き合った人、何人いるの?」
「…っ」
飲んでた酒で危うくむせそうになる。
「…なんでそんなことを聞く」
「だって…意外と女の子に慣れてそうだし」
「そうか?どういうときにそう思うんだ?」
ピンと来なくて、聞く。
「……」
わずかに頬を赤らめるティファ。
「?」
「……結構、触ってくるから」
ブゥッ!
次は酒を吹き出してしまった。
「きゃ!もぅ…」
「ご、ごめん」
慌てて手拭きでティファにかかった酒を拭く。
…確かに、なんだかんだ触っている気がする。
でもあれはティファを守ろうとして…。
「わかった、これからはもう触らない」
拗ねたようにそっぽを向いた。
「…もう、触らないの?」
「…え?」
「わたしに、もう触らない?」
「…さ、触ら…え?」
なんだ、このやりとり。
頬が熱くなってきた。
「…とにかく、ティファが嫌なら…もう触らない」
「……」
「……」
「…嫌じゃ、ない」
「………」
黙る俺に蕩けそうな紅い瞳を向け、恥ずかしそうに俯くティファ。
やめてくれ。
ジワジワ理性が崩れそうになる。
うっかり今から部屋に連れていき体を触る想像をしてしまい、慌てて頭を振って吹き飛ばした。
「じゃあ、俺も聞くが。ティファにはいたのか?恋人」
危うい話題を変えつつ、気になっていたことを聞いた。
あれだけモテるんだ。いないわけないよな。あんまり聞きたくはないが…聞いておかなければ。
「いーっぱい、いたよ」
「……っ」
予想以上の回答に凍りつく。
いーっぱい?じゃあ、男性経験もいーっぱい…?
目眩がして、思わず目頭を押さえた。
…嘘だ。嘘だと言ってくれ。
「なんてね。嘘」
「…え」
「この歳になってちょっと恥ずかしいけど…男の人と付き合ったこと一度もないの」
「…そうか」
思わずふぅ、と安堵のため息が出た。
「ん?もしかして今ちょっと安心したの?」
イタズラぽい顔で覗き込んでくるティファ。
「…いや。べつに」
「もぅ」
カクテルグラスに目を落とすティファの横顔を盗み見る。
ダウンライトが長い睫毛の影を頬に落として、いつも以上に艶っぽく見えるティファに小さく喉を鳴らした。
「…モテただろ?」
「そんなことないよ」
「何言ってんだ。すでにモテてるの、見たぞ」
たくさんいた。ジョニーをはじめ、アイテム屋の男、町中の男、はたまた通行人にまで。
ニブルヘイムでもみんな夢中だった。
「色々言ってくれる人はいたけど、みんな本気じゃないもの」
…なるほどな。
高嶺の花へのアプローチは難しい
今まで気を引こうと一生懸命言い寄っていただろう男達を少々不便に思った。
「ティファはそんな服装してるけど意外とガードが堅そうだから難しいんだろう。あんまり踏み込むと宇宙まで吹っ飛ばされそうな…」
「クラウドって酔うと遠慮がなくなるの?」
ティファがジロリと睨む。
「じゃあ、それならなんでクラウドはわたしに触るの躊躇しないの?」
「な、なんでまた、その話題になるんだ」
「…だって」
かぁ、とティファの頬が赤くなる。
「…ティファは…酔うとやらしくなるのか?」
「もう、バカ!」
グイと俺の頬を押しやると、ティファが立ち上がった。
「もう帰る」
歩き出すティファを慌てて追いかけた。
「ま、待てティファ」
バーを出たところでジロリと振り向くティファ。
普通の照明の下で見ると、ティファの顔は真っ赤だった。照れてるだけの赤さではない。
「おい。大丈夫か?」
プイと歩き出すティファの足はふらふらと危うかった。
案の定、転びそうになったところを抱き抱えた。
「ずいぶん酔ってるじゃないか」
「う…ん。あのお店のお酒、ちょっと強かったかも」
「まったく」
「…ごめんなさい」
ティファの体を支えながらゆっくり歩いていく。
ティファの腰にしっかりまわしている自分の手を見る。
「……」
また言われるかな、なんて思っていると。
「クラウドの手、あったかい…」
眠そうに目を瞑ったティファが呟いて頬を胸にすり寄せてきた。
…反則だ。ティファは色々と、反則だ。
普通なら部屋に連れ込むところだぞ。
「ねぇ、クラウド…キスって、したことある?」
「…っなっ、ない」
唇が触れそうなほど近くで突然聞かれ、思わず本当のことを白状する。
パッと華やぐティファの瞳。
「そうなの?同じだね」
「……」
経験がないことがあっさりバレてしまったが、ティファがキスの経験すらないことに驚くと同時に喜びに覚えた。あれだけの容姿で二十歳まで…奇跡じゃないか?
「そっか、クラウドもないんだね」
どことなく嬉しそうなティファの声色。
「…悪かったな」
「悪くないよ!じゃあ、練習してみる?」
「…!?」
「練習」
「れ、れんしゅう…?」
「うん」
可憐に微笑んだティファが瞳を閉じた。
「!?」
ゆっくり近づいてくるティファの可愛らしい唇。
嘘だろ?
ティファがこんなこと…
「…!」
たぶんこの誘惑に勝てる男は世界中に一人もいない。俺は心臓をバクバクさせながら思わず目を閉じた。
モフッ。
…モフ?
目を開けると、俺のタートルネックが口元まで伸ばされ、ティファと俺の唇の間を妨げていた。
だが、厚い布越しにあるティファの唇…。接触はなかったがティファとキスをした錯覚に、心臓を射抜かれた。もう少しで本当に胸を押さえてしまいそうな衝撃。
頭が、クラクラした。
「……」
ティファの指でタートルネックが元の位置に戻され、惚けた俺の顔が晒された。
「……」
見ると、茹でダコのような真っ赤な顔をして震えているティファ。
「……あれ?わ、わたし…すごいこと、しちゃった?」
「き、き、き、気にするな」
動揺して顔を背けると、ティファは逃げるように離れた。
「も、もう大丈夫だから。おやすみなさい」
とりおりふらつきながら、部屋に逃げ帰って行くティファ。
足がフワフワして、追いかけられそうもなかった。
「…おやすみ。ティファ」
なんだ、この展開。
夢…かな?
翌朝。
昨日までの雨風が嘘のように晴れ渡る青空。
太陽の日差しがいっぱい入った明るいロビーに集合し、目的地の確認などを終えると出発の時間まで一時解散とした。
その間、朝からずっとこちらを見ないティファ。
絶対にこちらを見ないティファ。
あれは昨夜の出来事を覚えてる顔だ。
勇気を出し、あえて声をかけてみることにした。
「ティファ」
「……」
振り向きもせぬままみるみる顔が赤くなっていく。
「ティファ?」
「ごめんなさい」
こちらを見ぬまま小さい声で謝罪するティファ。
「い、嫌だったよね。本当にごめんなさい。わたし、どうかしてた」
「嫌じゃない」
「…え?」
「嫌じゃ、ない」
あんまり言うと告白になってしまうから、それだけ言うと部屋に向かった。赤くなる顔を見られる前に。
*
*
この秘密の思い出は、当時の俺にとって強烈だった。何度も思い出してはニヤニヤしていた。
そして、それは今でも変わらない。
だからたまに思い出しては、こんなことをする。
「なぁ、ティファ」
「なあに?」
キッチンで仕込みをしているティファに声をかけ振り向かせる。
いつものように唇を近づけるとふわりと瞼を閉じるティファに、自分の襟元を引っ張りそれを唇と唇の間に入れながらキスをした。
モフッ。
顔を離すと、ニヤニヤしている俺をジトッと睨んでくるティファ。
「もう、しつこい」
「悪い女だな、ティファは」
「何回からかえば気がすむのクラウド!もうやめてってば」
顔を赤くしてそっぽを向く。
「あれは、人生で一度だけのお酒のせいでの失敗!もう忘れて」
「失敗だと?俺は絶対忘れない」
「じゃ、じゃあ忘れなくていいからもうからかわないで。恥ずかしいの」
プリプリ怒るティファの後ろから腰に手をまわした。首筋に唇を当てると、ティファがくすぐったそうに首をすくめた。
「なぁ…デンゼルとマリンはもう寝たぞ。早く終わらせてくれ」
「…ま、まだちょっと時間かかる」
もう数えきれないほど抱いているのに毎回こうやって恥じらって頬を染めるティファが、可愛くて仕方がない。
「じゃあ、ここでいい」
ズルンとティファのハーフパンツと下着を一気に下げた。
「きゃあああ!?」
調味料で手がベタベタなティファは自分で服を上げられない。
完璧な形のティファのお尻を一瞬だけ眺めると、仕方なく服を元に戻した。
「嘘だ。びっくりしたか?」
「……クラウド。ちょっと最近、調子に乗り過ぎじゃない…?」
「そうか?」
「次やったら本当に鉄拳制裁だからね」
「…はい」
大人しく部屋で待っている間、先程の布越しのキスの思い出から派生して昔のティファの姿を思い出していた。
強くて、綺麗で。あまりにも可愛くて何度も見惚れた。
大変な旅だったから恋にうつつをぬかしているヒマなどなかったけれど、ずっとティファが胸の中にいた。大切に大切に想っていた。
よかった。
こうしてティファと一緒になれたこと。
恋が成就して、幸せに暮らしていること。
あの頃は…まさかイタズラでティファのパンツを脱がせる関係になるなんて夢にも思っていなかった。
そう思い至って、クク、と笑いが漏れる。
ガチャ。
シャワーを終えてタオル一枚巻いたティファが入ってきた。
「着替え持っていくの忘れちゃった」
そそくさとタンスの前に移動するティファを手を伸ばして捕獲する。
「着る必要ないだろ?」
腕の中で恥じらいにうつむくティファ。
あの頃と変わらぬままのティファの顔を見て閃く。
「……あ。いいことを思いついた」
「なに?」
「まだ持ってるか?あの服」
「どの服?」
「旅の間着てたあの白いタンクトップと黒いミニスカート」
「う、うん…あるけど」
「着てくれ」
「や…嫌よ、もう似合わない」
「似合う。絶対」
「やだってば」
ダメだ。思いついたらもう引き返せない。
絶対、絶対、着て見せて欲しい。
体を離して、顔の前で手を合わせた。
「頼む。お願いだから、着てくれ」
「な、なんなの?もう…」
初めてするお願いのポーズに、ティファがたじろぐ。
「……わかった。ちょっとだけね」
観念したティファはタンスの奥から服を探し出した。
「あっち向いててね」
「ああ」
言われた通り壁を向いてじっと待つ。
背後で着替える音。
ドキドキ…
ドキドキ…
なんだ?やたらワクワクしてしまう。
「はい、いいよ」
振り向くと、懐かしの衣装を着た、あの頃のティファ。
「……」
眩しくて、懐かしくて、色々な思い出と想いが蘇る。
「ティファ…」
「どうかな?やっぱりちょっと変かな…。お腹とかもっとすっきりしてた気がする」
恥ずかしそうに腹部を隠すティファ。
「いや…。変じゃない。似合ってる」
あからさまに見惚れる俺に、ティファが照れて顔を背けた。
「ほんと?よかった」
嬉しそうに微笑むティファ。
「じゃあ…もう脱いでいい?」
無意識にズイと歩み寄ると、ティファの両腕を掴んだ。
「いいわけないだろ」
「えぇっ」
「俺…ダメだ、ティファ。いいか?このまま…」
「え?こ、このままって…」
「頼む、ティファ…このまま抱きたい」
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