花火に消えないコトバ

雷鳴轟くホテルの一室、クラウドは雨の叩きつける窓ガラス越しに濃紫色の暗い空を見上げていた。

「すごいな。一体どういう仕掛けなんだ?」

ここはゴールドソーサーのゴーストホテル。
心浮き立つような音楽が鳴り響く煌びやかなアトラクション広場とは対象的な、陰鬱とした施設だ。

ここへ来たのはずいぶんと久しぶりだ。
あの旅の途中、このホテルに宿泊したときもこうやって窓際に立ち、窓の外を眺めていた。
今は空の仕掛けなんぞを呑気に考えているが、当時はここの空と同じような重苦しい気持ちで物思いに耽っていた。

そうだ。その時、突然ノックが聞こえて……

「クラウド!」

バン!と勢いよく部屋の扉が開かれ、頬を上気させたデンゼルが飛び込んできた。
ビックリして振り返ると、声をかける間もなく袖口を引っ張られる。

「一緒にホテルの探検に行こうぜクラウド!ロビーの他にも怖そうなとこがあったんだ!」

走って来たらしく、はぁはぁと息を荒げながら目を輝かせて見上げてくる。

「待ってよデンゼル!走るの速過ぎるよ!」

遅れてマリンも戸口に到着して、膝に手をつき息を整える。

「あんまり走っちゃダメって言ってるのに、全然止まらないのデンゼルったら。クラウドからも言ってよ!」

そう言うマリンも充分走って来た風貌だ。
しっかり者のマリンも流石に浮かれているらしい。クラウドは思わず口角を上げた。

「だめだぞホテルで走ったら。二人とも、な」
「あっ……」

マリンがハッと口に手を当てた。

「なぁなぁ、いいから行こうよ。クラウドがいると面白いんだ、ビビってるから」

そう言ってプー!と噴き出すデンゼル。

「あれは油断してたんだ」

ムッとした顔で言い訳をするクラウドだったが、確かに格好悪かったなと頭を掻いた。

先ほど、ホテルの受付で例の「首つりくん」に思い切りビックリしてしまったのだ。
久しぶり過ぎてうっかり存在を忘れていた。
突然天井から落ちて現れた人形に「うわ!」と声を発し体を跳ね上げるクラウドを見てから、デンゼルがしつこくからかってくるのだ。
珍しいクラウドの一面が見れて嬉しかったのかもしれない。

「あんな子供だましでビビッちゃってさ、クラウドも意外とカワイイとこあるよな」
「デンゼル、いいかげんにしろよ」

軽く拳を作ってみせると、デンゼルは頭頂部を両手で隠し首を竦めた。

「暴力反対!」
「いいの!ガツーンといっちゃってよクラウド!」

マリンがブンと可愛い拳を振るう。
マリンのティファみたいな物言いにクラウドは思わず吹き出した。

それにしても、子供達のこのはしゃぎ様。やはり連れてきてよかったなと思う。
久しぶりに確保できた連休に、思い切ってここゴールドソーサーに泊りがけの旅行を計画したのだった。
遠い上にティファも店の下拵えなどがあるのでなかなかできることではない。
だからこそ、この貴重な家族旅行を子供達も大声を上げ楽しんでいた。
ストライフファミリーの我儘を聞いて、いわゆるアッシー君を引き受けてくれたシドには何か手土産を用意しなくては。

「はい、買ってきたわよ。サンドイッチでいい?」

お腹が空いたと騒ぐ子供達に軽食を買いに行っていたティファが戻ってきた。

「えーとね。
“ コウモリの血みどろサンド ”
“ ディオちゃん特製電気ショックサンド ”
“ どろどろゾンビの大好物サンド ”
みんなどれがいい?」

ティファが苦笑しながら3つのサンドイッチを掲げた。

「なんだ…ずいぶん食欲がなくなるネーミングだな」

クラウドが思わず眉をひそめた。

「ホテルの売店、こんなのばっかりなんだもの。でもほら、中身はいたって普通みたいよ」
「えーどれ、見せて……」

デンゼルが恐る恐る覗きこむ。

“ コウモリの血みどろサンド ”はケチャップたっぷりの卵とツナのサンド。
“ ディオちゃん特製電気ショックサンド ”はローストポークに粒マスタードをきかせたサンド。
“ どろどろゾンビの大好物サンド ”はテリヤキソースまみれのチキンサンド。
どれも新鮮そうなレタスやトマトで彩られ、なかなか美味しそうである。
パンの部分にはコウモリやゾンビ、“ ディオちゃん ”のキャラクターが焼き印されていて、ネーミングに反して可愛らしく仕上がっていた。

「ふーん本当だ。俺これ」

デンゼルは“ コウモリの血みどろサンド ”を手にとった。

「わたしはチキンがいいな」

マリンは“ どろどろゾンビの大好物サンド ”。

「クラウドも食べれば?わたしはいらないから」

残りのひとつをティファがクラウドに差し出した。

「俺もそんなに腹減ってないからな。二人で半分にするか」
「んー、そうね」
「なぁなぁ、早く食べて遊びに行こうよ!このホテルも探検しなきゃいけないし、アトラクションにも全部乗んなきゃいけないし、全然時間ないよ!俺絶対全部乗るから!」

今にも飛び出しそうな勢いのデンゼルをティファがにこにこしながら引き寄せた。

「はいはい、わかったから落ち着いてちゃんと座って食べて」
「デンゼルったら、興奮し過ぎで鼻血出るわよ」

きちんと座ってサンドイッチを食べながらマリンが窘めた。
皆の笑い声が重なる。

楽しくて、あっという間に終わってしまいそうな一日の始まり。

 

 

「すごいな。バタンキューとはこのことだな」

シャワーを浴びさせている最中からウトウトはしていたが、パジャマを着たとたんベッドに突っ伏しそのまま寝てしまったデンゼルを見て、クラウドが関心して言った。
放り投げられた荷物や脱ぎ捨てられた衣服を片付けながら、ティファはかすかな寝息を立てるマリンを見た。

「マリンも同じようなもんだったよ。髪を乾かしてる間に寝ちゃって。二人ともよく遊んだもんね」

微笑むティファに、クラウドが頷く。

「ああ。思った以上に喜んでたな。連れてきてよかったな」
「うん、ほんと」

クラウドは濡れた髪をタオルで拭きながら、ティファの顔色を窺った。
子供達に振り回され、振り回されつつ自身も楽しんでいたティファに疲労の色はそんなに無い。

「なぁ、ティファ」
「ん?」
「お互いシャワーも浴びた後だけど、今からちょっと出ないか?」

ティファは一瞬キョトンとした顔をしたが、みるみる理解と嬉しさを滲ませ、唇が綺麗な弧を描いた。

「デートのお誘いですか?」

茶目っ気たっぷりに上目遣いに見上げられ、クラウドは思わず目を逸らせて後頭部を掻いた。

「うん、まぁ、そうだ」
「ふふ。あの時と逆だね」
「ああ、そうだな。誘う方はちょっと緊張するもんだな」
「ちょっとじゃないよ!わたしなんてわざわざクラウドの部屋まで行って・・・」
「ああ。大胆だな、ティファは」
「あっ、そんな事言って……!」
「しっ。子供達が起きる。早く支度しろ」

口に人差し指を当て、ニヤリと笑うとクラウドは洗面所へと消えた。

釈然としない顔で支度を始めたティファだったが、久しぶりのクラウドとのデート。
胸が高鳴らないわけがなかった。

 

 

真夜中のゴールドソーサー。
そこは子供が走り回る賑やかな昼間とは違い、カップルばかりが個々の世界に浸り、しっとりと表情を変える。
それが、ますます二人の空間を男女の雰囲気にするようで落ち着かない気持ちになった。

「わー。カップルばっかり。でも昼間より空いていて助かるわね」

照れ臭くて、ティファは努めて他人事のように言う。

「そうだな。じゃあまず……シューティングコースターにでも乗るか?」
「うん、いいね!」

クラウドだから、前回のデートと同じ、手を繋ぐこともないけれどこうして二人で並んで歩くだけで楽しい。
家族以外にはあまり見せない笑顔をたくさん見せてくれるだけで嬉しい。
わたしにだけ見せる甘やかな笑顔があるのも知っている。
毎日見てるはずなのに、こうして二人きりになって奥行きのある蒼い瞳と目が合うと、毎度心臓が小さく跳ねる。
クラウドへの恋心を再確認してしまい、だんだんと目が合わせられなくなってくる。

(やだ、一緒に暮らしてるのに何を今更。デートだからって意識し過ぎなんだ、わたし……)

そのとき、前に並んでいるカップルが激しいキスをし始めた。
ギョッとしてティファは目を見開いた。

(え!そんな……人前で!?)

このカップル、先ほどからほとんど抱き合っていると言えるほどのイチャつきようではあったが、何がきっかけか、一度始めたキスをやめる気はしばらくないようだ。
目のやり場に困ってチラリとクラウドを見やると、同じくクラウドもティファをチラリと見返した。

(……すごいな)
(……そうね)

視線だけでそんなやりとりをすると二人で苦笑する。

前回のデートでこんな状況 になっていたら、きっと二人とも気まずさに冷や汗をかいていただろう。
それを想像して、ティファは心の中でクスリと笑った。

 

シューティングコースターではクラウドの方が僅かにティファの得点を上回る結果となった。

「もう!絶対勝ったと思ったのに。クラウド、もう一回勝負しましょ」

こんな時でも負けず嫌いは変わらない。ティファは早速列に並ぼうと歩き出した。

「まぁ待て。それより約束のアイスが先だ。負けた方がおごるんだろ?」
「ん、もう!……いいわよ」

二人の間に既におごるもおごられるもなかったから形だけの賭けだったが、それでも、何もないより身が入り楽しめるものだ。

 

「そうだな……」

アイス売り場のメニューを見上げ、真剣な顔で選ぶクラウド。

「クッキーアンドクリームだな」
「かしこまりました。わたしはレモンソルベ!買ってくるからそこのベンチで待ってて、クラウド」

ティファが二人分のアイスを注文し受け取るまで、クラウドは少し離れたベンチに腰掛けその様子を見つめていた。

なんだか今日のティファはいつもと少し違う。
母の顔が影を潜め、昔のティファの無邪気な活発さが出てきたようで、懐かしさに目を細めた。
短い白のタンクトップに皮のミニスカートを履いて、赤いグローブを着けていた頃のティファ。

気がつくと目で追ってしまっていたのを思い出す。
旅の途中、恋に現を抜かすヒマなどなかったが、確かに俺は、ティファが好きだった。

「はい、どうぞ。次の機会があったら負けないんだから」

まだ諦めきれないティファからアイスを受け取ると、クラウドは肩を竦めて両手を上げて見せた。

「何度やっても同じだと思うぞ」
「あ……」

ティファがクラウドを見つめる。

「なんだ?」
「これ……」

クラウドの動きを真似る。

「なんだか懐かしいな。最近あんまりしないもの。今一瞬、興味ないねって言うかと思っちゃった」

ティファが楽しそうにフフと笑った。

「……言ったらティファ、怒っただろうな」
「もちろん!」

二人はアイスを舐めながら、微笑み合った。

「ねぇ、子供達のことも気になるし、もう少ししたら帰らなきゃね、クラウド」
「うん……そうだな」

この時間が終わってしまうのは、やはり寂しい。

「もう少し、な」
「うん」

ベンチで寄り添って、たまに交換しながらアイスを食べた。

自分の口つけた場所を、なんとなく遠慮がちに舐めるティファの口元を見ていると、無性にティファに口づけしたいという気持ちが膨れ上がってきた。
まわりに人は少ないが、その欲望をぐっと抑え込んだ。
しかし、こういう時、お互いの気持ちは一致しているものである。
隣に座るティファが切なげな瞳で見上げてきた。
クラウドの心臓がドキンとひとつ大きく跳ねた。

慌てて目を逸らせて、クラウドは言った。

「な、なぁ、ティファ。最後にもうひとつ乗りたいものがあるんだ」

逸らせた瞳をティファに戻すと、嬉しそうな微笑みでティファが頷いた。

「うん、わたしも」

 

 

「2人おねがいします」
「はい、お2人様ですね。では、ゴールドソーサーの景色をごゆるりとお楽しみ下さい」

ゴンドラに乗り込むと、前と同じように向かい合わせに座った。

「懐かしい……何にも変わってないね」

ティファがゴンドラ内部を見回しながら呟いた。

「ああ、懐かしいな」

窓から見える景色もあの時ときっと同じ。
緊張していたから、あんまり覚えていないけれど。

「わぁ、きれい」

「ねぇ、クラウド見て」

「クラウド、ほら」

気付かぬうちに同じやりとりをする二人。

「きれいね……懐かしいな……」

景色に見惚れるティファの瞳が少し潤んで見えるのは、まばゆい光のせいだろうか。
クラウドは愛しさが胸に込み上がるままにティファを見つめた。

長い睫毛に縁取られた、深紅の瞳がキラキラと光を受けて、とても綺麗だった。

今日ゴンドラに乗ったら、話したいことがたくさんあったはずだ。なのに、見惚れるばかりで何も口から出てこない。
決戦の前夜、まったく同じだったことを思い出し、思わず苦笑する。
全く、俺は何も成長していないのかな。

「ねぇ、クラウド憶えてる?ゴンドラで話したこと」

話しかけられ、クラウドははっと我に帰った。

「え?あぁ、何がだ?」
「もう、前といっしょ!クラウドったら終始ぼんやりして生返事しかしないんだから」
「そうだったか?」
「そうよ」
「きっとそれは、緊張してたんだ」
「うそ。そんな風には見えなかったもの」
「もぞもぞしてただろ」
「……うん、そういえばそうだったかも」

思い出し、小さく吹き出した。
言われてみれば、キョロキョロと変な動きをしていたクラウド。

「もっと、何を言おうとしてたか気にして欲しかったのに」
「気になったよ」
「本当に?ただ訳がわからないって顔してたよ」
「だって、降りたあと聞こうとしただろ」
「うん……」
「なんて言おうとしたんだ?」

ティファの頬が徐々に赤くなる。

「ええと、なんとなく……わかるでしょ?もう」
「わからない」
「……」
「教えてくれ」

クラウドがいたずらっぽく口角を上げた。

「……忘れちゃった」
「また言わないつもりなのか。ズルいぞ」
「もう!クラウドの方がズルいよ!」

ティファが顔を真っ赤にして、プイと窓の外に顔を向けた。

可愛いな。
未だにこんなに赤くなるティファが可愛くてたまらない。

「……じゃあ、言わなくていい。言葉だけじゃないんだろ?伝える方法」

ティファが耳まで真っ赤にして、横顔すら見えなくなるほど後ろの方の景色を見るフリをする。
クラウドがおもむろに立ち上がると、気配を感じたティファはそっぽを向いたまま身構えた。
ティファの隣に腰掛けると、ゴンドラが僅かに傾いた。

「あの時言おうとしたこと、今表現してくれ」

そっと手を握られ、ティファの心臓はますます早鐘を打った。

あの時、勇気を出してデートに誘ったのに、結局最後まで言えなかったこと。
今、改めて伝えるのも悪くない。

「ねぇ、クラウド……」
「ん?」
「あの時、ちゃんと伝えられてたら、どうなっていたかな」

クラウドは打ち上げられ始めた花火を瞳に映しながら、考えた。

「たぶん…………」

続きが聞きたくて、やっとティファはクラウドの目を見た。

「もっと早くに、もっと強くなれてた気がする」

言って、照れ臭そうに微笑む。
ティファが泣きそうな顔で微笑むと、二人は自然と唇を重ねた。
懐かしい花火の音を遠くに聞きながら。

ティファのやわらかな唇の温かさを感じながらクラウドは、
ゴンドラを降りたら手を繋いで帰ろうと、心に決めた。

 

 

 

 

 

FIN

 

 

 

ありがちなシチュエーションがてんこ盛りで恥ずかしい!
状況が分かり難いとこがないか心配ですが、とりあえず書いていて楽しかったです。
せっかくの処女作だし、思い切り甘々クラティにしてみました。ムヒョ。
しかし無駄に長いな!

ゴーストホテル、なんだか好きです。
首つりくんにびっくりする仕草かわいいですよね。
FF7のポリゴンの動き、芸が細かくて好きです。
ゴンドラでは皆さんも挙動不審なクラウドになってたはず(笑)
ちなみにイチャついてるカップルはブサイクだと思います。あれなんでだろ(笑)

ダラダラと長いのに、最後まで読んで頂き、ありがとうこざいました!

 

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